黒猫の手作り鞄 (どう見ても似合わない)

大きくはないけれど、良く行くスーパーに毎日の食材を買いに行った。

昨日の土曜日。

その日、スーパーの駐輪場の一部は、特設の臨時売り場になっていた。

 

それは客寄せの小さなイベントだった。

 

自転車を駐輪場に止め、それとなく見ると、特設売り場で売っていたのは、布の鞄と、キムチ。どちらも、手作り品と言う宣伝で、家族で作っているような感じの物。

 

手作り鞄か…。客寄せのイベントだろうけれど、近くに新しくできた大型のスーパーの影響で極端に減った客足。それを取り戻すにはどの程度の効果だろうか?

 

私はこの小さいスーパー好きだから、よく来るけど、新設の大型スーパーが新聞にチラシに入れてる特売や、フェアや祭り時の値段には、全く太刀打ちできない様子だ。

 

そう思って、運動会で見るような、屋根だけあるテントの特設売り場。

そんな野外の売り場に近づいてみたら、そこに猫がいた。

 

猫とは、猫柄の鞄。

その猫柄が良くて、思わず手に取る。

鞄の売り子は、自分の母親ぐらいの女性が一人。

他に客もいないので「ポツンと…」の感じで椅子に座っていた。

彼女は立ち上がって「ありがとうございます」と、私に言う。

 

ほとんど買う気はないので、そう伝えて、彼女と少し話すと「来店ありごうとう。手に取って見てくれてありがとう」の意味でいっていると、分かった。

『まぁ、そうだろうな、これだけ客が少ないとね…、そんな気になるよ』

と猫柄の鞄を元に戻して、その価格を尋ねる。

『そんなには、高くない』と感じながら他の鞄も見てみる。

『犬の柄も、良いかも…』などと、眺めたけれど『やはり黒猫の柄が良い!』。

改めて特設売り場で売っている鞄達をみると、どの鞄も女性向けに見えた。

 

特設の鞄売り場を離れ、目的とするスーパーに入る。

いつも買う物を一通り、順に買い物かごに入れていく。

無意識で食材を買うと、買う量が多くなる、買いすぎる。

意識をしっかり保って、新商品や、お買い得に惑わされずに…、しっかり意識を保って買い物をしないといけない。

でも、昨日は雑念が生じ、逆に買う予定の品物を買い漏らした。

雑念…、それは、猫柄の鞄。

 

更に、いつも買うミンチが売り切れていた。

使いやすいので、いつも買っている、その店の国産鳥のミンチ。

「売りきれだ、仕方ない」と、少し心に傷を負って、国産豚肉ミンチをカゴに入れ…、

会計に。

 

会計を終えて、黒いリックサックに食材を入れながら、少し離れた特設鞄売り場を眺めると、おばちゃんは一人で…ポツンと椅子に。

猫柄の鞄は、遠目からでも美しい。

 

小さいスーパーを出て、特設の鞄を売り場の前を通り過ぎ、自転車置き場にまっすぐ直行。自転車の鍵を開けようと鍵を取り出し、特設売り場を振り返える。

 

あの、おばあちゃん、暇だろうな…。

 

スーパーでの買い物は、国産牛肉の良いのやら、試してみたい製品を買わなかった。

だから、あの猫柄のカバンを買うぐらいは、財布に残っている。

 

ただ、あの猫柄鞄、私の見立ては、どう見ても女性用。

誰か、プレゼントできる人が居れば、買って…プレゼントすれば、気は収まるのか?

しかし、貰った方も、好き嫌いがあるだろう。

そういった「センス」と言う点では、とことん自信がない。

 

あのカバンが似合いそうな女性は、どんな人だろう?

とにかく、あのカバン気になる。

仕方ない。諦めよう。

あきらめて、自分で使ってみる。

買わないと夢に見そうだ。

 

と、決意をもって、特設の鞄売り場に戻る。

おばあちゃんは、立ち上がって、笑顔を向けてくれる。(暇だから…、だな)

猫柄の鞄を再度手に取り、眺める。

このカバンを自分で使うのか? 

大丈夫か? 

一応、オマエ自称は硬派だろ?

ミリタリージャケットを着て、武術が好き。

実際に組手(殴り合いの稽古)も、やっていて数日前も…。

そうした自問にも、決意は揺るがず。

カバンを手に取り、おばあちゃんと話しながら、この猫柄の鞄が欲しいと、緩い言葉で伝えた。(なぜ、緩くい言葉か?は、ここまでの心動きの影響だな)

おばあちゃんは、私の明確でない言葉「これいいよね、貰おうかな」をヒヤカシ、冗談か、誉め言葉と思ったんだろうな…。彼女は、しゃべり続ける。

 

仕方なく「これ売ってください」と明確に伝えた。

すると、彼女は「えっ??買ってくれるの?」と信じられない様子を、口にした後に、しばしの間があって「ありがとうございます」と笑顔が来た。

 

黒いミリタリージャケット、黒のツバ長のキャップを深くかぶり、大きめの黒のマスク、妙に背筋を伸ばして歩く男子…だもんな。

 

そこから、また雑談。

カバンについての話では、特別な布を手に入れ、手で作っているので同じものは二つとないこと。鞄の破損時には、連絡して郵送すれば修理をしてくれること…。その時の郵送料のこと…。

その他にも雑談で、彼女はこの小さいスーパーでは月に一回ぐらい特設売り場で鞄を売っていること。このスーパーの今と昔。彼女の家族の事。彼女の息子の仕事の話。

 

そして彼女が作って自分で売っているカバン達が、京都等の観光地、そんな野外特設売り場で売られる時の値段。その時の観光地のマージンの率。京都の有名寺院ではどの辺で売っているか。

そうした話で、自分自身に納得。

このカバンとの出会いは、男子場合なら「高尚な観光地を、彼女と歩いていて、彼女が欲しがる様子を感じ取って買ってあげるような物」なんだろうな、と。

そういうニュアンスの商品だから、ここまで気持ちを引っ張られたのか…と。

(もしかして、妄想の度が、過ぎてるか?)

 

カバンを買った昨日。

その日の夜遊びから、さっそく使ってみることにした。

 

箪笥(タンス)を開けて、鞄に似合いそうな服を…探してみる。

当然、そんな物(服)は、無い。

…となると、気合で使いこなすか、コレを!

少々絶望的な感じだけど、この猫柄が手元にあるのは嬉しい。

 

本来は、観光地で売る「良い人に買ってあげる」のカバンなんだろうの想像だけど、

手元に置きたくなる絵柄だ。

 

通りすがり、衝動買い。

買わないでいると、夢に出てきそうだったので買ってよかった。

 

と言う事で、明日も使ってみるか。

昨夜は、ミリタリージャケットに、この猫柄の鞄だったな。

明日はどうしようか…。

「似合わない!」と、絶望的にならないよう、気持ちでカバーして考えてみる。

しかし…、やはり…、どう見ても…。

 

明日の月曜夜。

ダンスシューズを、このカバンに入れて、踊りに行くつもりだ。